建築の見方・考え方 「ブログを通して建築を考える」
9月21日火曜日。先日本ブログの初投稿を試みたので、そこから見えてきた、ブログを通して建築を学んでいく方法を考えてみた。
先日投稿した記事はこちら↓
建築ブログの投稿方法 考察
ブログ初投稿の感想を描こうと思う。正直に言うと、意外に時間がかかってしんどい。けれどアウトプットしなければ思考は深まらないと思うし、慣れれば自分の思考方法として強い武器になると思うので、がんばっていく。将来的には、文の美しさまで意識し、ポエティックな表現もできるようになりたい。
Architecture Review (建築見学ブログ) の投稿方法について考えてみた。高校の授業みたいだが、予習→見学→考察の流れで書いていくのがいいのではないか。「予習」段階で作品集の図面や言説から、自分の興味分野について仮説を立て、建築家がどんな空間を目指したのか、なぜその素材を選択したのか、光の陰影のデザインはどうか、などをみていく。予習の時点で自分の研究分野と絡めて書いていくのもいいかもしれない。その上で建築を実際に「見学」する。最後に、仮説で立てた建築のイメージと、実際感じた時のイメージの差異・違和感について「考察」するのだ。蛇足だが、ブログ用の写真はあらかじめアタリをつけておくと、仮説が立てやすい。
一建築について深く考察する意義
訪れた建築一つについて投稿するとき、かなり深い洞察が必要だと思った。なんとなく見ていたようじゃ全く書けない。一日中居続け、スケッチし、写真を撮り、空間に浸ることで見えてくるものを表現するべきだし、そうありたい。それが、自分の建築理論、建築哲学を形成する上でも不可欠な気がする。さらに建築哲学以外にも思想の広がりを持たせることがができると思う。
そして、予習段階で仮説を持って建築を見るのと、そうでないのでは吸収できる情報量も違うし、何より自分の思想と関連させてものを見ることができる。
少なくともル・コルビュジエは建築からその骨格にある個と社会のシステムや、建築がもたらす精神的影響まで感じ取っていたに違いない。エマの修道院をどれだけ深く感覚を研ぎ澄まして観察していたかは計り知れない。
訪問不可能な歴史建築を学ぶときも同じ
歴史建築について学ぶときも同じ。実際に見に行けないものも多く、すべて「予習」で終わってしまうだろうが、大事なことは「自分と創作者の間で折り合いをつける」ということだと思う。本を読む要領と少し似ているかもしれない。その建築が建てられたときの時代背景をよくよく理解し、建築家のパーソナリティを理解した上で、その建築が誰にとってよかったのか、どう空間的によかったのか、なんでそんな構想を練ったのかを推論していく。その上で自分ならこう作るという代替案を考える。これによって、一建築に対する理解は格段に深くなるのではないだろうか。そして、自分のオリジナリティが形成されていく。ただこれは理想論であり、実際そんな時間をかけることはできないだろう。それでも、可能な限り一建築から多くの情報・思想を引き出せるような思考の枠組みを作っていきたい。